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林が枯れたり実ったり

週末自宅警備の可能性を模索するニートブログ

無気力は病いに非ず

「何もしたくない」



ニートの友人はこう語りました。

人には優先順位があります。それは絶対的ではなく、気分や体調や状況その時々で変わります。睡眠、食事、勉強、趣味など、それぞれです。

彼のその第1優先が「何もしたくない」です。

「やらなきゃいけないこと、やった方が良いことを全てスルーし、目先の快楽に全てを優先する」

やらなきゃいけないのに最終日までしない夏休みの宿題、余裕があるのに納期ギリギリまでしない仕事、読めと言われたのに出社日の朝まで読まない書類、例を挙げれば数限りありません。


とにかく今楽をしたい。その瞬間から頑張れば後々楽になるのに、その瞬間に楽をしたいからやらない。全く建設的じゃない先延ばし思考です。楽を優先する心が何にも勝る。

その友人曰く、何もしない究極は"死"であると言います。彼は「もし生きたいという思いが無くなったら、間違いなく安楽死する」そう豪語していましたが、生きたい気持ちが無くなること自体がとても難しいことであり、彼が亡くなることは金輪際無いと考えていますが「死ねば何もしなくていい」というのは正しいですね(正確に言えば"何もできなくなる"であり、この差は結構大きい)。

「日本には安楽死制度が無いんだよ。あったら真っ先に立候補するのに。永遠の安息が訪れるんだよ。」

安楽死を希望する方は基本的に重度の障害や病気に長年悩まされ、生きる意味も希望も見つからず、家族に迷惑を掛けていることが心苦しくて堪らない人です。五体満足で自ら働かないことを選択した彼が自ら死を選択するはずがありません!なので彼のことは全然心配していません。



閑話休題して、私は彼ほどでは無いにせよ、何もしたくない人間の部類です。これまでの人生どんなに暇でも決して屈せず立ち向かっていった人間の1人。何か始めたり、勉強したりすることは決してありませんでした。

とにかく何もしたくない人間は普段歩いたり自転車乗っている時は何も考えていません。ボーッとしています。仕事のちょっとした合間も何も頭に浮かんでいません。ただボーッとしているだけです。不意に声をかけたら呆けた顔をするのは自然の成り行きに過ぎません。

考えないし、能動的に何もしない。仕事でも遊びでも、何でも表面的な部分しか見れず、後はひたすら過去のデータベースから想定できるケースを引っ張ってくるのが関の山で、未知の状況には悲しい程に無力なんですよ(涙)

じゃあ頭使ったり行動することを始めればいいじゃんとなるのが普通ですが、それすらもできない。目の前で起こることをこなすので精一杯。三つ子の魂百までで、何もしない状態に慣れている私にはキツイ。気が付くと何も考えていない。

頭で何も考えない、体でも何もしない。どんなに暇でも勉強や仕事はしたくない。成長したり、後々余裕ができるのになぜ?成長したくないのか?追い詰められたいのか?

理屈では勿論理解しています。何かを得るために努力が必要なのは当然です。お金を稼ぐために命を削る必要もあります。

それでも目先のことしか考えられず、ついつい楽を選んでしまう寸法です。後々のことを計算出来るなら、こんな人生は送っていません!

これすなわち、未来に対する危機感の無さも意味します。これからもこれまでもアグレッシブな人間が勝つ時代です。ボーッと生きている人間には仕事など無くなっていきます。知性や行動を放棄した無気力人間行き着く先は最悪の場合、死しかありません。

「元社会人の俺から見て、今のお前には足りないものがある。危機感だ」

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「お前もしかしてまだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」

重い、重過ぎる!

この言葉の意味を、幽遊白書終了から26年経った今気付くなんて...。危機感が足りない。そんなことをニートの彼から言われました...嘘です、彼も言われる側の立場です。淡々と語っているだけなのに某5歳児に「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と怒られるどころの騒ぎではありません。戸愚呂弟に脅される...。危機感無いと高架下でビニールシートハウスか駅前の段ボールハウスは免れません。

とか言いつつ今日もボーッと音楽聴きながら歩いているので、まだ何とかなると思っていやがる、この俺がッ!いい加減にしろ!なんて言いたくなるわけです。反省しませんしてくれません。


脱線に次ぐ脱線で何が言いたかったのかわからなくなってきましたが、無気力は病気等ではなく「その人自身の特性」であるケースもあります。

会社とかで「なんでこいつやる気ないんだろう」と疑問に思う上司さんや同僚さんもいるでしょう。それは、その人が"そういう人"だからです。興味があるとか無いとか、楽しいとか楽しくないとか、そういう話ではありません。何もしたくないだけ。もちろん本来そうじゃないのに"そうなっちゃった人"も存在します。所謂心の病の可能性があるので、通院を薦めましょう。


あるいは何もやっていないように見えて、何かやっている人も居ます。一銭の得にもならないし、何も身に付かないことを一生懸命行う人もいます。こんな駄文を作っている以上、私の場合は"何もしない"よりは"ブログの更新"が上部に位置しています。こんなブログ、一円にもなりません。けど楽しいからやっています。

それ即ち社会不適合の鏡であるわけですが、開き直っても仕方ないのでやる気あるフリをして昨日も今日も明日も明後日も働いています。

死にたくないですから!
  1. 2020/07/10(金) 07:35:50|
  2. 駄文
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